文化・芸術

2017年9月17日 (日)

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フォトハウス表現研究所のHP
フォトハウス表現塾を来月から開塾するにあたって、何をするのか、ということ。

自分に即していえることは、あらためて人を当てにしていても、できないんだなぁと。

自分のできることは、できる、自分のできないことは、できない。

そこでベーシックに写真の論なら話ができて、そこから拡散していけると思った。

写真を歴史的な流れのなかで話を展開しながら、枠組みを自分のモノにする。

写真の流れにも、オーソドックスな写真作品としての流れが真ん中にあって。

その真ん中の横に、ジャンルは写真だけど別の流れが考えられる。

たとえばデザインの領域で制作される写真、コマーシャルのレベルの写真。

そういえば金に換わりにくいひとりよがり的な写真が真ん中かぁ、って感じ。

底流に政治経済の枠があり、その枠のうえでテーマを展開するドキュメント。

歴史的には広い世界の出来事の記録から、非常に個人的な記録まで。

近年なら<記憶>というキーワード、直近なら<食>というキーワードですね。

テーマをどこに置くのか、いかに社会にとって有用か、などによって価値づける。

混沌とふくそうする現状を、束ねて整理して、これからにつながるようにしなければ。

フォトハウス表現塾の課題はおおきいなぁ、と思うところです。

2017年9月 7日 (木)

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フォトハウス表現研究所のHP

フォトハウスの歴史をひもとけば、1984年に構想発出だから、もう33年前のことです。

翌年8月には京都で一泊二日、経費8千円でワークショップを開催しました。

静原の鈴鹿さん宅を提供してもらっての開催で、1986年まで続きます。

諸藩事情があって、開催場所を転々としながら、1988年にはミーティングルーム。

それまでに写真集等三千冊の資料を集めた中川が、自宅で開いた資料室でした。

そこでは、ワークショップを開催し、資料の閲覧ができるスペースとして機能しました。

1992年には、畑祥雄氏と共同で、大阪のマンションで写真図書館を開館させました。

その後は、フォトハウスを休眠、写真図書館の館長を5年努めます。

IMIの創立(1996年)に加わり2001年までの5年間、事務局長に就任していました。

IMI事務局長を辞職したのちには、フォトハウスを復活させます。

新しい学びのプログラムで、2005年には京都写真学校をたちあげます。

それから、いま現在、フォトハウスの名を復活させ、新しい領域を開拓していきます。

このたび9月1日、フォトハウス表現研究所を創立、フォトハウス表現塾をたちあげます。

具体的には、2017年(今年)10月21日(土)、尼崎にて最初の塾が開講します。

追って、詳しいことは、書き上げていきますが、ただいま、賛同者を募っているところです。

2016年12月10日 (土)

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むくむく通信社グループのホームページです 

このまえ、天香久山へ、文字さんに連れていってもらいました。

奈良は飛鳥に藤原宮が造営の三方を囲んだ山のひとつです。

耳成山と畝傍山があって、一日で回る計画でしたが、香久山だけでした。

頂上までいくと、祠があって、その一つが国常立神社で、写真のものです。

神話と言われている物語の、その現実に目に見える場所だから、??ですが。

これは想像力の世界、イマジネーションの世界、文学領域かも知れません。

そうなのですね、権力の正当性を語る、そういう物語なのです。

この物語としての構造に興味を持ちます。

もちろん、その内容についても、この国の内面を形成してきたわけだから。

もう高齢になってきた自分の感覚と、世の言い伝えと、どこで重なるのか。

古希を迎えた後の作業として、ぼちぼち、見て行こうかと思うところですね。

中川繁夫写真<はな>と<小説>集です


2016年5月15日 (日)

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花の頃、円山公園の枝垂れ桜をバックにしての記念写真です。

着物女子が引き立つようにバックに桜を入れずに撮った写真です。

中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

2016年5月12日 (木)

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中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

着物とはいっても多くは大正時代から昭和初期に書けて織られたのだと聞いた。

着物とはいっても日常のものは紺の木綿なのでしょうか。

だから柄物は晴れ着で、絹素材で、仕立てです。

ここ最近のブームを見ていると、貸し衣装、観光客、着付けまでしてもらえる。

こうして借りる金額としては五千円位でしょうか。

いずれにしても、和服女子に出会うと、目がそこへ向いてしまいます。

男のぼくの目線が、和服女子に向くというのは、本能のなせるところでしょうか。

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2016年5月 5日 (木)

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中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

着物を着た女子を載せていくのに言葉はいらない。

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2016年5月 2日 (月)

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中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

緑と風薫る五月、五月晴れ、五月と書いて「さつき」と読む。

陽気な季節ですから、心もうきうきといったところでしょうか。

写真で、着物シリーズを撮りためていたのはもう10年ほど前からです。

日本の文化の基底をつくっている情緒の表れのひとつが着物だとお思うから。

生活着としての着物もさることながら、晴れの場の装いとしての和装着物。

嫁入り道具のなか、和服一揃えを旦那の家へ、箪笥ごといれたものです。

半世紀ほどまえには、まだ、その風習があったのか、自宅にはそれがあります。

生活の様式が代わってきていますから、それはもう風化した風景かもしれない。

とはいっても、最近はブームのように、和装で街を歩く女子が増えていますね。

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2016年4月29日 (金)

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中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

祇園の巽橋という場所は、京都の観光地のスポットですね。

京都イメージを創っていく主要なポイント、光景でしょうね。

観光で京都を訪れた女子がレンタル着物を着ます。

そうして記念撮影して、京都観光の思い出にする。

京都を取材して写真集をつくろうと思っていたところです。

なにが見えてくるのか分かってくるのか、それがまだない。

わけがわからなくなる、とはよくゆわれる京都学です。

生まれ育っていても、わけわからん、としか言い様がないです。

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2016年4月20日 (水)

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無性にフィクション表現したい気持ちになってきてノベルを書き出しました。

リンクを張ってご紹介するにはおこがましいから、伏せておきますが、色艶もの。

男がいて、女がいて、男と女が織りなす交情といえばよろしいか。

さまざまな小説家が、さまざまな手法で、男と女の交情を描いています。

純文学の系列にいれられたり、地下文学のアダルトにいれられたり、いろいろ。

どこがどうちがうのかわからないけれど、読者を興奮させるのは、後者のほうですね。

ぼくは、どちらかといえばいま、後者のほうを選んで、自分を奮い立たせたいと思う。

若いころには描けない、老練だからこそ恥もなく描いてみたいと思うのです。

男と女の関係は、何時の時代においても生活の基底をなす行為としてあります。

そういうことでいえば、こころを豊かにすることから、もう逃れることができない。

情の問題です、理性をこえて情の問題が、現在進行形の問題です。

それにどのような答えを導きだそうとするのか、文学の問題であります。

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2016年4月15日 (金)

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中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

日々過ぎるの早し、4月も半ば、桜が散ります。

華やかな女たちのイメージを連載しているところですが。

残された自分の時間を、どう過ごすか、という問題です。

この世の花、花は桜、桜は女、女は華、この世は華、と巡ります。

街は華やかな色に塗り込められて、今年はピンク色とか。

小説を書きたいと思いながら、キーボードがなかなか打てない。

打てないのは、表現したい内容が貧困だから、だと思っています。

男と女の物語、とはいうものの濡れ場シーンだけがイメージとしてあります。

濡れ場というか、絡みの場面です、浮世絵のようなイメージを文字で。

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