« 記憶の記録-7- | トップページ | 記憶の記録-9- »

2016年6月 8日 (水)

記憶の記録-8-

120ibara1606010025

中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

桜桃忌なんてフレーズが浮かんできて、たしか6月の今頃だったよなと思って、検索してみたら6月13日、遺体発見が19日、とありました。太宰治の死、という記事があったのでそれを写真コピーしたものがあるので、それを今日の写真としています。昭和23年6月ですか、39才で死んだとあります。39才という年齢は、ぼくにもありましたけど、それから30年も過ぎてしまって、たぶん倍近くも生きるんやろな、と思うわけです。太宰の小説に触れるのは、高校を卒業してからだと思えます。親友長澤氏の影響が大きかったと思いますが、読み出してやめられなかった、太宰中毒症に罹ってしまったんだと思います。多くの人を魅了させる彼の文体は、人生の同伴者なのかも知れないです。いまもって、なにかのときに、太宰の言葉が、ふっと思い起こされてきて、心揺さぶられてしまいます。まるで音楽のようです。そんなやわらかい文章を書きたいとおもっているけど、どこかどうちがうのか、まったくだめですね。ぼくが小説書きにこだわるのは、やはりその底流には太宰があるように思えます。彼の時代だからエロスなことは論外だったと思えますが、今なら、エロスも書いていたのではないか。いやはや、女との情死なんて、エロスそのものではないか、と思えてしまいます。最後の文章が「桜桃」だったか、いやグッドバイですかね。桜桃、さくらんぼ、食べるんですね、子供より親が大事と思いたい、ですかね、ワンフレーズがよみがえってきて、自分の人生と照らし合わせてしまいます。斜陽を読んだときはそれほどではなかったけれど、人間失格には参ってしまいました。なんていえばいいのか、奈落の底、地獄を見る、みたいな感覚に落し込まれてしまった記憶ですね。これって、ぼくは二十歳の時でしたか。

中川繁夫のホームページです

« 記憶の記録-7- | トップページ | 記憶の記録-9- »