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2016年6月 2日 (木)

記憶の記録-6-

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中川繁夫のホームページです

堀辰雄の文学に触れたのは確か高校二年の頃ではなかったかと思います。高校二年生といえば1963年でしょうか、たぶん、偶然だったと思えます。「風立ちぬ」うすっぺらい新潮社の文庫本だったと思います。それはぼくの資質の中に、堀の感性に感動する糸があったからだと思うが、それから数年は、堀辰雄のファンだったと思えます。まだ、小説を書こうと思う前、詩を書こうと思っていたころ。具体的には「そなちね」という詩集を編んでいたころかも知れない。堀の小説と、なにかの文のなかで、ヨーロッパの高踏派詩人たちの詩集を読んだように思います。アポリネール、リルケ、コクトオ、・・・・、それらの詩人たちの詩を読み、日本の詩人たちへと導かれ、小説へと入っていったように思えます。小説を書こうと思ったのは、高校三年生の秋だったかと思いますが、最初は祇王寺の祇王を主人公にした物語り、だったと思います。堀辰雄、浄瑠璃寺の春、これはエッセイですが、そこを訪れたのは数年前のことです。馬酔木の花が咲いた浄瑠璃寺の文章の記憶があったこのお寺、その時ですね、堀辰雄がよみがえってきました。自分の文学遍歴のなかで、現代に目覚めさせられたのは「されどわれらが日々」ですが、その発端となる堀辰雄文学には、大きく感動を受けたものです。節子という名前が「風立ちぬ」の主人公女性ですが、たまたまの奇遇なのか「されどわれらが日々」の主人公女性も節子、そうして別稿で触れるかも知れぬ原田節子、三橋節子、恋した相手が節子。そうですね、節子って名前は、よくあった名前なんですね。

中川繁夫写真<はな>と<小説>集です

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