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2014年2月

2014年2月19日 (水)

自分をたずねて-4-

高校二年生になると、大学進学のための話題がぼくの身の周りに起こってきます。二年生になった直後、参考書を求めて、河原町三条の大きな書店へ、買い出しにいきました。高校二年生のときの進学先学部は理数系、国立の理学部を目指せ、ということでそれなりの参考書を買ってきて、一方で睡眠時間は三時間とか四時間、ということが巷に流れてぽり、またそのように書いてあり、薬局で催眠錠を買い求め、眠くなると飲む、そういうことをやり出しました。失恋のこと、半ば忘れてきて、大学進学に向けて、勉強、受験勉強を始めた。

何時頃だったか、高校二年生昭和38年、1963年、合唱部にいた梶谷くんが、ブラスバンド、吹奏楽部を創ろうと言ってきました。中学生のときには、吹奏楽部でクラリネットを吹き、パレードの時には指揮をしていたから、声がかかったのだと思います。創ろう、そうして、いま、どのようにして成熟してきたのかは思い出せないけれど、顧問には、この年京都大学の理学部を卒業されて教師になられた宇野先生になっていただく。楽器を買う資金を集めるのに、生徒からお金を集める。臨時の生徒会を開催してもらって、その趣旨を説明して、ひとり一月10円、一年で120円、これを徴収するという動議を可決してもらって、いよいよブラスバンド、吹奏楽部の発足となったのです。

去年2013年10月19日、創部50周年記念演奏会が、京都西文化会館ウエスティにて催され、創部メンバーということで、演奏会の冒頭、校歌の指揮をさせていただきました。あれから50年、という感慨深さで胸が詰まりましたが、50年ぶりの指揮台でした。それから、昨年末から今年になって、創部当時のメンバーが集まって、同窓会を開こうとの機運が起こってきています。はるか50年昔にもどるわけで、この文章を起こすきっかけの一因でもあります。こうして、高校二年生、大学進学のための受験勉強を始めたやさきに、吹奏楽部を創ることに専念することとなったわけです。

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2014年2月12日 (水)

自分をたづねて-3-

先日、第150回芥川賞の受賞小説が載った文芸春秋を買いました。もう50年も前に買ったとき、載っていた柴田翔氏の「されどわれらが日々」、以来のような気がします。賞150回紀念として「私が感動した芥川賞ベスト3」という特集が組まれ、15人の著名人が三冊推挙しているんですが、そのうち三人が「柴田翔氏を選んでいるんです。なんだか同時代人、いまさらこんな昔のことを持ち出す気恥ずかしさもあったけれど、半世紀、生きた証を、思い出しながら記していこうと思います。ぼくの文学への興味というのは、具体的には高校二年生、1963年の秋からです。文化祭の準備で、文芸部の人たちと知る会うようになったそのときから、明確に文学に目覚めたと思えます。

そのころ、うたごえ運動だったか、集まって歌を歌う、ロシア民謡とか、フォークソングとか、新しい青年みたいなイメージで、いつのまにかその中にいたのを思い出します。それは日本共産党の系列の運動であったと思うんですが、高校生のなかにもそういう風潮があって、ぼくは高校一年のときに、新聞部に入ります。女性友だちに誘われて青少年赤十字JRCにも参加します。新聞部では、林、しょうちゃんと呼んでいた先輩がいて、かれがその運動に感銘していて、ぼくをそのなかに誘った、とはいっても外部団体へ参加することはありません。外部団体へということでいえば、JRCが日本赤十字社とつながっているから、その京都支部へは何度も行ったことが思い出されてきます。クラブには女性の先輩がいらしたり、JRCには同年の女性がいたし、他の高校、女子高校の生徒たちが集まる機会がけっこうあって、夏の笠置のキャンプには、いま思い出すと、けっこうナイーブな感性でもって、女生徒と接したと思えます。

そのなかでも、あまり美女ではなく、センスもよくない女生徒が同じクラスにいて、なにかしらこころ惹かれるようになっていきます。なんでしょうか、こころが感じる異性への気持ち、自分との相性というか、何かの特性があるんでしょうか、気になる子、といえばいいのでしょうか。帷子ノ辻でおうどんやさんを営んでいる家の女子、その子のことはそれだけしか知りませんが、いわゆる好きになってしまう、というわけです。16才、高校一年ですから、初恋みたいなもんです。成熟していくわけがないんですけど、逢引なんてことも何度かありました。寂しい気持ち、それを相殺するようにも、夜、鳴滝の駅で待ち合わせて、数十分歩いて、話をして、別れて、それから、交際できないと言われて、落ち込んだ日々、これが高校一年生、16才でした。

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2014年2月 5日 (水)

自分をたずねて-2-

1964年、高校三年生、進学をあきらめた夏は、かったるい日々でした。怠惰な夏の日に、それはそれは衝撃をあたえられた小説でした。何に衝撃を与えられたんだろう、節子という女性が出てきます。地下運動から帰還してきた青年の話が出てきます。自殺する奴が男、女、ふたり出てきます。自殺するときに書かれた遺書が出てきます。老教授とラブホテルにはいっていた女性が出てきます。

高校一年の時に好きな子がいて、片思いだったか両思いだったか。その子のことが忘れられなくて、ブラスバンドに熱中して、勉強しなかった。「そなちね」という個人詩集を発行したのが1963年、高校二年生。不良青年と呼ばれる範疇にいたと思っています。ぼくは内心、悩んでいて、精神を病んでいるのではないか、精神科へ行こうか。ひとりで悩んでいて、学校へもあまり行かなくなって、悶々としていました。空しい17才、青春の敏感な感性が、傷ついていたのかも。

詩を書いて冊子にして、女生徒に一部5円で買ってもらっていた詩人。学校から就職先を斡旋してもらったのが十字屋楽器店、ピアノ調律の道へ。卒業前から、無給で楽器店へ行って、心斎橋にあったヤマハへ出向。ピアノ調律師ではなくてエレクトーンの修理調整、メンテナンス要員です。ブラスバンドで音楽知識があったし、電気にも興味があったから、うってつけ。一年間はそれに没頭し、二年目には大学へ行きたくなっていました。大学生になりたい、音楽大学へ行きたい、ピアノを練習しました。

茨木に十字屋の支店があって、週に一回、ピアノレッスンを受けにいきます。バイエルから始めて、ツエルニーとかソナチネとか、教則本を習いました。興味を持ったら熱中するタイプのぼくは、エレクトーンとピアノに明け暮れます。19才は、そのとおり、音楽に漬かっていて、音楽会にも顔パスで、行きました。どうしたはずみか、音楽から文学に移行してしまいます。音大に行くにはお金がいる、文学することだって、大学にいかなくちゃ。小説家になりたいからやめるといったら、十字屋の課長さんから笑われました。

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自分をたずねて-1-

ぼくがいまここにいるという意識は<自意識>でしょう。自分だけの<内面>領域で自分を考える。あれやこれやといろいろ過去の出来事を思いおこします。そうしてぼく自身のことを、何とか知ろうと試みているんです。自分史というジャンルがあると思いますが、これです。自分のことを自分ながらに想い描いて自分を知る。ぼく自身、最近になってようやく、こころとからだの密着を覚えます。いつの頃からか、いったい自分が何者であるのか、と思うようになった。自意識といえばいいのでしょう、けっこう乖離した、分裂してる感覚です。

1946年生まれのぼくは、今年2014年、68才になろうとしているわけです。この年齢になって、老人日記じゃないけど、過去を書き残す。自分史という奴ですかね、ここで試みてみようと思うところです。その起点は1964年、半世紀前、50年前に遡って、ぼくは18才です。高校三年の夏、芥川賞を受賞の小説が載った文芸春秋を買いました。受賞作は柴田翔氏の「されどわれらが日々」、一気に読んでしまいます。夏の暑い日の午後、ぼくが生まれたその四畳半の部屋で、読みました。強烈なインパクトをもって、ぼくは、感動してしまったのです。ぼくの屈折点、いま思えば文学への入り口が、この小説であったと思います。

中学のころから音楽に興味で、吹奏楽部に属していました。その前年、高校二年のときには吹奏楽部を立ち上げて部長に。文学への傾斜は、そのころから起こっていたけれど、名作めぐり。短い文だから「詩」に興味をもって、藤村、朔太郎、リルケ、とかとか。当時の現代文学、への入り口となった小説が「されどわれらが日々」でした。その年は、「愛と死をみつめて」がベストセラーになっていました。

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2014年2月 3日 (月)

節分

今日は節分、2月3日です。

冬の終わりの日、明日は立春ですね。

午後から壬生寺と吉田神社へ行こうか。

カメラを持って、写真を撮りに、です。

京都取材が終わっているので迷っています。

写真は、昨日の釘抜き地蔵さんの光景です。

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2014年2月 1日 (土)

癌検診

先日、胃と肺と大腸の癌検診を受けました。

この年齢と低所得者なので行政が負担で無料でした。

胃はバリウムを飲んでする検査、何十年ぶりだろうか。

肺はレントゲン検査、久々のことだと思う。

大腸は二回の検便提出での検査です。

癌にかかる割合は、かなり高いんですね。

不安と云えば不安、ふっと折々に脳裏をかすめます。

体内のあらゆる箇所が、その危険にさらされていると思います。

検査結果を待つしかないが、何でもなければうれしい。

肥満については、また、書きます。

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