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2014年2月 5日 (水)

自分をたずねて-2-

1964年、高校三年生、進学をあきらめた夏は、かったるい日々でした。怠惰な夏の日に、それはそれは衝撃をあたえられた小説でした。何に衝撃を与えられたんだろう、節子という女性が出てきます。地下運動から帰還してきた青年の話が出てきます。自殺する奴が男、女、ふたり出てきます。自殺するときに書かれた遺書が出てきます。老教授とラブホテルにはいっていた女性が出てきます。

高校一年の時に好きな子がいて、片思いだったか両思いだったか。その子のことが忘れられなくて、ブラスバンドに熱中して、勉強しなかった。「そなちね」という個人詩集を発行したのが1963年、高校二年生。不良青年と呼ばれる範疇にいたと思っています。ぼくは内心、悩んでいて、精神を病んでいるのではないか、精神科へ行こうか。ひとりで悩んでいて、学校へもあまり行かなくなって、悶々としていました。空しい17才、青春の敏感な感性が、傷ついていたのかも。

詩を書いて冊子にして、女生徒に一部5円で買ってもらっていた詩人。学校から就職先を斡旋してもらったのが十字屋楽器店、ピアノ調律の道へ。卒業前から、無給で楽器店へ行って、心斎橋にあったヤマハへ出向。ピアノ調律師ではなくてエレクトーンの修理調整、メンテナンス要員です。ブラスバンドで音楽知識があったし、電気にも興味があったから、うってつけ。一年間はそれに没頭し、二年目には大学へ行きたくなっていました。大学生になりたい、音楽大学へ行きたい、ピアノを練習しました。

茨木に十字屋の支店があって、週に一回、ピアノレッスンを受けにいきます。バイエルから始めて、ツエルニーとかソナチネとか、教則本を習いました。興味を持ったら熱中するタイプのぼくは、エレクトーンとピアノに明け暮れます。19才は、そのとおり、音楽に漬かっていて、音楽会にも顔パスで、行きました。どうしたはずみか、音楽から文学に移行してしまいます。音大に行くにはお金がいる、文学することだって、大学にいかなくちゃ。小説家になりたいからやめるといったら、十字屋の課長さんから笑われました。

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