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2014年2月 5日 (水)

自分をたずねて-1-

ぼくがいまここにいるという意識は<自意識>でしょう。自分だけの<内面>領域で自分を考える。あれやこれやといろいろ過去の出来事を思いおこします。そうしてぼく自身のことを、何とか知ろうと試みているんです。自分史というジャンルがあると思いますが、これです。自分のことを自分ながらに想い描いて自分を知る。ぼく自身、最近になってようやく、こころとからだの密着を覚えます。いつの頃からか、いったい自分が何者であるのか、と思うようになった。自意識といえばいいのでしょう、けっこう乖離した、分裂してる感覚です。

1946年生まれのぼくは、今年2014年、68才になろうとしているわけです。この年齢になって、老人日記じゃないけど、過去を書き残す。自分史という奴ですかね、ここで試みてみようと思うところです。その起点は1964年、半世紀前、50年前に遡って、ぼくは18才です。高校三年の夏、芥川賞を受賞の小説が載った文芸春秋を買いました。受賞作は柴田翔氏の「されどわれらが日々」、一気に読んでしまいます。夏の暑い日の午後、ぼくが生まれたその四畳半の部屋で、読みました。強烈なインパクトをもって、ぼくは、感動してしまったのです。ぼくの屈折点、いま思えば文学への入り口が、この小説であったと思います。

中学のころから音楽に興味で、吹奏楽部に属していました。その前年、高校二年のときには吹奏楽部を立ち上げて部長に。文学への傾斜は、そのころから起こっていたけれど、名作めぐり。短い文だから「詩」に興味をもって、藤村、朔太郎、リルケ、とかとか。当時の現代文学、への入り口となった小説が「されどわれらが日々」でした。その年は、「愛と死をみつめて」がベストセラーになっていました。

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