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2018年6月14日 (木)

日々徒然に180614

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現代表現研究所のHP

おおむね二か月に一度、健康診断のつもりで検診を受けています。

今日は、その診察日で、午前10時の予約で、早めに到着しておきました。

その診療所の隣が、釘抜地蔵尊、空海の開いた場所、今は石像寺という寺です。

ちょうどこの場所は、現在地でいえば千本上立売、一条よりも北になります。

千本の北方面は、蓮台野といって、平安時代から死者の埋葬地でした。

その葬列が北上する入り口に、この釘抜地蔵尊(石像寺)が位置しています。

というのは、ぼくの想像イメージですが、庶民の心の支えでもあったと思うんです。

いまも、願掛けを、されている方を見うけます。

年配の方だけではなくて、若い方も見かけます、苦しい時の神頼み、です。

ひとの心の深いところが垣間見える場所、聖地とはいわないけれど、です。

フォトハウス表現塾のホームページ

2018年6月 8日 (金)

日々徒然に180608

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現代表現研究所のHP

写真は、嵯峨野、大覚寺と広沢池との中間点あたり、京都市街遠望です。

一昨日の夜、白虎社の写真をフェースブックに連動させたら、ストップがかかった。

たしかに半裸の写真があるので、この程度でダメなのか、と思ったところです。

フェースブック、一週間、更新できない、そういう措置を取られてしまったわけです。

そうではないと申し立てても、めんどうなので、いま現在、更新できません。

自分表現の発表媒体として、フェースブックに、多大に依存していること発見です。

情報の発信を、見直さないといけないな、と思っているところです。

このブログは、ツイッターに連動させられるので、そのつど連動させています。

今日は、ツイッターに連動、ツイッターにアップ、そういうことしています。

アメリカの大統領がツイッターに記事を書いて、世界にひろがらせています。

最近は、インスタグラムが人気のようで、ぼくも使っています。

自分の痕跡証明のようなスタイルで、インスタグラムを使っているのです。

非常に現在的な発信媒体としてのSNSを、ぼくはニューメディアとして捉えます。

美術館の壁面、ギャラリーの壁面、印刷物の紙面、これを否定していません。

メディアを使う表現の手段として、ネットを使い、SNSを使う、これです。

これがすべて良いとは思っていないのですが、新しいメディアを重宝する。

新しいメディアの可能性を探っているところです。

ヒトの内面へ、ダイレクトに送り届けられ、深いコミュニケーションが発生する。

たしかに人間関係にリスクが伴いますが、反面、深い人間関係が築ける。

現代の表現テーマにも、この方法としてのコミュニケーションとして、浮上します。

フォトハウス表現塾からのお知らせです。

<ご案内>
第3回カフェ&プレスを開催します。
※日時は、2018年6月16日(土)午後2時~午後5時。
※経費は、500円
※場所は、アマノコーヒーロースターズです。
ワールド・カフェ形式で、テーマは参加者の発案にて進めます。
表現の基本たるコンテンツをみちびくためのブレーンストーミング。
自分をアピール、プレゼンしてください、お待ちしています。

2018年6月 3日 (日)

日々徒然に180603

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現代表現研究所のHP

今日は、玄琢から西加茂方面、正伝寺まで歩いて、歩いてきたところです。

尺八の池という表示がって、そこへ行ってみて、そこまでは昇りでした。

そこから下がって、わけわからないまま歩いて、西加茂に来てしまいました、

写真は、スマホで、数枚づつ撮って、このお寺は正伝寺と書いてありました。

家に帰ってきて調べたら、まだ奥の方に寺がある、霊源寺という名の寺です。

送り火の船山の麓で、そこまではいけなかったから、あらためて行くことにしよう。

神社というより、寺が多いですね。

でも、そういう歴史あるところへ行くと、遠くへきたなぁ、と思うことしきりです。

新しい価値を求めて、過去のことは過ぎ去らせて、だから過去にする。

これからの在り方を提示したいと思っているところですが、孤立無援ですね。


フォトハウス表現塾のHP
現代表現研究所&フォトハウス表現塾の主催
<カフェ&プレス>
いまのところ毎月第三土曜日に開塾しています。
次は三回目で、6月16日です。
時間は、午後2時~午後5時
開塾場所は、アマノコーヒーロースターズ
参加費500円(コーヒー代+) 
制作の根源になるコンテンツを引きだすための頭の体操です。
ぜひ、来てくださいね、お待ちしています。

2018年5月20日 (日)

日々徒然に180520

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現代表現研究所のHP

もたもたしているうちに5月も20日になってしまいました。

別に、月日が経つのを意識しなくてもいいものを、ついつい意識してしまいます。

こうして年齢の近い方がお亡くなりになる報を見聞きすると、年月を意識してしまうんです。

あと10年あるとしたら、10年前から今までの時間しかない、そんな思いがこみ上げます。

作品らしきもの作り続けられるかどうか、この先のこと、わからないから。

昨日、カフェ&プレス、あかつき写房の店長本田さんが来られました。

京都にまつわるぼくのお話を聞いていただいて、ありがたく思っています。

親子ぐらいの年齢差の彼に、ぼくの思考のまとめを語らせてもらったのです。

なかなか、そういう場面をつくれないから、たいへん感謝です。

それにしても参加者が少ないのには、気持ち、落胆してしまいます。

今日は、天気も良いし、太田神社あたりへでも行ってみようか。

カキツバタはもう終っているかも知れない。

京都北のポイントにここも加えていいのかとも思っているんです。

陶芸家のだれだったか、出生の地という碑がありました、名前が出ない。

いけませんね、脳がつながってきてくれないんです、嫌ですね。

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2018年5月13日 (日)

日々徒然に180513

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現代表現研究所のHP

今日は雨、けっこうきつい雨が降っていて、散歩にも出られない。

もたもたとしていて音楽を聴きだして、いま、マタイ受難曲を流しています。

声楽ですが、言葉がわからないけれど、キリスト受難の曲なんですね。

バッハが作曲しているんですね。

キリストの生涯でしょうか、遠藤周作氏の小説で、タイトル忘れたけど、読みました。

なにか聖書の世界というのか、おおきな物語を感じますが、西欧の世界ですね。

ぼくはいま、日本の古典世界を物語としてイメージしているところです。

自分の言葉で、自分のイメージで、世界をひろげていくつもりで、文献はあまり使わない。

しばらく、王朝文学の世界とでもいえばよいか、源氏物語の世界をイメージします。

今年に入って、嵯峨野歩きして<嵯峨野慕情>を書いておりました、未完です。

<京都北物語>これが紫式部の世界というか生きざまを見たい、書きたい。

<京都慕情>は北野天満宮からはいりましたけど、悲哀を書ければいいなと思う。

その他、諸々、文章を書いているんですが、読みずらいですね、きっと、きっと。

掲載したイメージは、以前に大宮劇場があった処で、ガレージになって、それが無くなる。

大宮劇場の時、一度だけエレクトーンの調整に入らせてもらって、ステージを見ました。

ストリップ劇場でして、そのころ1965年ごろですが、そんな劇場がいくつかありました。

ぼくはもっぱら映画ばかりで、当時はパートカラーで、ロマンポルノはその後です。

ぼくのロマンリアリズム小説は、一応、書き終えたと思っています。

プルーストの失われたる時を求めてを意識し、源氏物語を意識した反面小説ですが。

そのかわりとして、新しいフィクション群を書いていこうと思っているところです。

2018年5月 5日 (土)

日々徒然に180505

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現代表現研究所のHP

昨日は千本通りを北上、鷹ヶ峯まで行って、蓮台野に戻ってきたコースでした。

今日は、西の方へ行こうか、此処からいうと衣笠山から金閣寺方面ですか。

京都名所図会、愛読書になったけど、昭和33年初版発行、手元のはS38年版です。

高校生の時に、買ったのか、だれかにもらったのか、借りた切り返さなかったのか。

その北山の項目を読んでいて、知識を蓄えているところです。

明治の頃までは、丹後に抜けるの道は、千束、鷹ヶ峯から京見峠を越えていく。

今の山陰線、国道9号ルートは、明治以降みたいな感じと受け止めました。

衣笠山というのは古代の葬送地だと記されていますが、なるほど、そうか。

金閣寺の敷地は、元西園寺家の持ち物で、足利義満が譲ってもらった。

室町時代ですね、時の権力者だから、西園寺さん、仕方がなかったんでしょうね。

西園寺といえば、立命館の名称を使ったお方で、それから今の立命館に至る。

ぼくが欲する時代でいえば、上代から平安の時代を物語にしたいと思っているところ。

等伯や光悦といった方々は、室町期の後、江戸期の前あたりですかね。

西の方は、イメージとしては、中世、室町時代、その感じで受けとめて、つなぎます。

年表を見ながら、考証していかないといけない処だけど、めんどくさいなぁ。

使う写真は、なるべく意味が通じる写真を説明的に使おうと思っています。

もう、お昼をまわったところですね、今日は、ここまでです。

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2018年5月 3日 (木)

日々徒然に180503

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現代表現研究所のHP

京都北物語を書くためのトレーニングと取材を兼ねて、午後から歩いてきました。

このまえは上賀茂神社から南へさがってきたから、今日は船岡山から東へです。

船岡山は平安京造営のとき、北に位置する其処を軸に南に造営したと書いてあります。

掲載している写真は、船岡山の頂上(標高112m)から南の方を見ているところです。

平安京の大極殿は千本丸太町にあって、其処は、此処から真南方面ですね。

今日はこの船岡山から東へ、建勲神社の境内から玄武神社へ赴きました。

玄武神社から紫式部の墓へ行き、本法寺へと歩きました。

本法寺はぼくの菩提寺ですが、長谷川等伯の墓があるといいます。

本阿弥光悦の手植えの松というのもあって、等伯の像と写真に撮りました。

平安時代には源氏物語、室町時代の末期になるのでしょうか、光悦と等伯。

日本の文化の基底を探しに行くわけですが、おぼろげに、そのイメージがつかめます。

千本えんま堂では狂言の舞台をやっているけど、見に行きませんでした。

祭の本番は取材しないつもりでおります。

今日はここまで、明日は何処へ、ですね。

2018年5月 2日 (水)

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第2回カフェ&プレスを開催します

こんにちは、現代表現研究所です。

ワールド・カフェ形式による月例会<第2回カフェ&プレス>開催のお知らせです。
日時は、2018年5月19日(土)午後2時~午後5時。
話題は、写真のこと、文学のこと、エコのことなど、なんでも。
参加費は、500円(コーヒー代+)
場所は、AMANO COFFEE ROASTERS
<アマノコーヒーロースターズ>
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F
Tel&Fax(075)491-6776 です。
https://www.facebook.com/good.coffee.kyoto
参加される方、事前に連絡いただければ、ありがたいです。
主催者代表中川へは、mail:pressnakagawa@yahoo.co.jp

2018年4月27日 (金)

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現代表現研究所のHP

軍事境界線がある朝鮮半島、北と南が、首脳会談を開いた、というニュース。

このまま融合して統一してひとつになれば、いいですね。

第二次大戦後の南北問題、最後で、解決してほしいですね。

ショパンの英雄ポロネーズ、いまNHKのEテレで、やっていましたね。

たまたま、今朝、ピアノの楽譜を整理していて、英雄ポロネーズの楽譜。

なんだか、これを弾いたわけではありません、弾けたらいいな、レベルでした。

いろいろとゴールデンウイーク前に、思うことあります。

明日は、ぼくの誕生日で結婚記念日、1946年生まれ、1970年結婚です。

年老いてきて死を想う、高橋和巳は39歳で死んだ、太宰だってそうでしたね。

それらのひとの倍ほど生きているのに、成熟しないな、未熟ですね。

そんなこんな、いろいろ、あたふた、まだまだやること、あるなぁ。

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2018年4月25日 (水)

日々徒然に180425

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夢うつつ、目が覚めなくてお布団の中にいて、それは悪夢の部類でした。

起きて、時計を見ると、六時を回っていたので、起きることにしました。

ラジオはやめにして、音楽を聴こうと思って、気になっていたシューベルトをクリック。

確かシューベルトのピアノソナタだったと思って、聴きだています。

細くて透明な旋律、ピアノの音、なんて名前だろう、ピアノソナタ。

崩れていきそうな感覚でしたが、少し気持ちが落ち着いてきています。

貼り付けた写真は、ちょっとここにはふさわしくなくて、NGかも知れない。

躊躇し、ためらい、封印しておこうと思っていて、気持ちが揺らいでいます。

雨が朝から降っているけど、空が明るくなっているから、まもなく止むのでしょう。

文章が書きたい欲求がこみあげてくるけど、いざとなると、言葉が紡ぎ出てこない。

カフェ&プレスと言いだして、情宣しはじめて、余計に心が揺らいできて壊れそう。

ひとりひとりとお顔が浮かんでいて、来てくれるかなぁ、と思うばかりです。

シューベルトのピアノ曲を最初に意識したのは、18才のころ、高校三年生だったか。

レコードのバーゲンで、国連のマークが入っていたLP、千円の値段で買った。

何処の店で買ったのか忘れた、思い出せないが、LPのピアノの音が新鮮でした。

初めてのピアノの曲、オーケストラ曲が多くて、器楽曲には至らなかった。

こうして広くて深い記憶のなかに、記憶を求めて散策していると、気持ち落ち着きます。

今日は、朝から、奈落におちる気分になって、どうしたらいいのか、と困惑しています。

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