2017年10月16日 (月)

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どうしたことかここ数日雨の日が続いています。

明日はJP労組OBのハイキングとかで、万博公園に集合します。

21日(土)は午後2時から、フォトハウス表現塾第一回目です。

参加者がいないので、このままではぼくだけということになります。

28日の土曜日はフォトハウス表現塾の撮影例会を企画しています。

奈多へ赴いて、古刹巡礼でもしてみようかと思うところです。

当日午前9時半、近鉄京都駅改札前の集合して、奈良に向かいます。

大阪方面からだと、10時半ごろ近鉄奈良駅改札口に集合ですね。

カメラクラブよろしく、定例で撮影会を企画していきたいと思っています。

フォトハウス表現塾のHP

2017年10月13日 (金)

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フォトハウス表現塾のHP

なにが写ってるんだろうと思って画像挿入したら、水引の写真でしたね。

なにか縁起がいいんでしょうか、野草の部でしょうか、昔からある花でしょうね。

歴史とか、由来とか、いまいる自分の情緒がどこから作られてきているのかなぁ。

遺伝子に組み込まれているわけではないと思うけど、やはり経験値かなぁ。

自分という存在が、アートする現在的なテーマだと思うんです。

大きな世界への興味から、内なる自分への興味の時代だと思います。

内なる自分と外世界との境界線、インタフェースとしての表現ツールがあります。

絵画、写真、映像、音楽、文章、ぼくは五つのジャンルを並べていますけど。

このうち、写真と映像は、カメラ装置を必要とする近代的なツールです。

絵画、音楽、文章、これはかなり古くにまで遡れるツールです。

ぼくは、文章と写真、このふたつのツールを使って、自己表現をしています。

そのことで生計を立てているわけではないです。

或る意味、気楽で、自己満で、好きなように出来ている、というところですね。

でも、それだけ金を生み出すのに必死にならなくてもいい分、高等遊民(笑)。

けっこう世の中、俯瞰的に過去から未来を推測できたり、するんじゃないか。

もう、媚びることはやめにして、自己満で結構、それでいこうと思います。

2017年10月 9日 (月)

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フォトハウス表現塾のHP

浄土真宗の仏壇ですが、家屋の中心になるような気がします。

仏壇の前には仏間があって、仏間のまえに一部屋あります。

田舎の家ですが、玄関から仏壇までが家の中心になる作り方ですね。

建築様式など専門的な知識は全く持ち合わせていないけれど、共通点がある感じ。

日本の文化の伝統といえばいいのか、それを継承することは必要ですね。

西欧文化がこの150年間に日本国内、満たされて、集約化されてきています。

それに対して、衣食住のアイデンティティーというか、独自の文化が消されそうです。

ぼくは国粋主義者でもなければ、国家護持者でもないつもりですが。

表現する人として、文化のうちがわをどのようにして表すか、を考えます。

(続く)

2017年10月 5日 (木)

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フォトハウス表現塾のHP

朝からバッハのヴァイオリン曲を聴いています。

詳し事がわからない、パルテータとか、その領域というか意味がわからない。

音楽家の文字さんに聞こう、明日、雨だというので明日香行きを変更します。

京都国立博物館で国宝展が開催されているとうので、それを見に行く予定。

文字さんは中学高校とぼくより一年後輩で、吹奏楽部で一緒にいた人。

昨年から、暇を見つけて古代史の跡めぐり、展覧会見学、等々。

積もる話もいっぱいあって、音楽家でいまも現役、忙しそうにしている。

表現塾の塾を開催していく音楽系担当として、いろいろ世話になります。

ネットをやってないというので、興味もないというので、連絡が取りにくい。

いつのまにか、ネット時代になって、SNSのなかで、交信する昨今です。

脈々と流れてきた歴史的時間と今、今、今生きている世界を交差させる。

政治のほうは、新党をめぐり、今日は未だ混沌としてる感です。

フォトハウス表現塾も現在、まだまだ混迷、混沌としている感じです。

2017年9月27日 (水)

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フォトハウス表現塾のホームページ 

おはよう、ありがとう、朝からハンガリー舞曲が聴きたくて、聴いています。

これらの音の連なりで、ぼくは、言い知れぬ虚しいような、寂しいような気持になります。

どうしたことか、これらの曲には、いつも共通のイメージのようなものが浮かびます。

いえいえ、ぼくは、表現、という内容について思っているところで、表現とは。

ドボルザークという作曲家が創造した音の空間というか世界に共鳴している。

このあとスラブ舞曲というのがあります。

表現とは、どういうことをいうのであろうか、感情のレベル、共感すること。

決して論理じゃないですね、気持ちの流れ、言葉ではない、感情。

そうか、理論と感情の問題なのかも知れない、表現とは、感情の方だね。

掲載写真は、御開帳されていた地蔵院の十一面観音菩薩像です。

たまたま、おととい、御開帳の案内が門前に出ていて、お目にかかりました。

フォトハウス表現研究所のHP


2017年9月17日 (日)

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フォトハウス表現研究所のHP
フォトハウス表現塾を来月から開塾するにあたって、何をするのか、ということ。

自分に即していえることは、あらためて人を当てにしていても、できないんだなぁと。

自分のできることは、できる、自分のできないことは、できない。

そこでベーシックに写真の論なら話ができて、そこから拡散していけると思った。

写真を歴史的な流れのなかで話を展開しながら、枠組みを自分のモノにする。

写真の流れにも、オーソドックスな写真作品としての流れが真ん中にあって。

その真ん中の横に、ジャンルは写真だけど別の流れが考えられる。

たとえばデザインの領域で制作される写真、コマーシャルのレベルの写真。

そういえば金に換わりにくいひとりよがり的な写真が真ん中かぁ、って感じ。

底流に政治経済の枠があり、その枠のうえでテーマを展開するドキュメント。

歴史的には広い世界の出来事の記録から、非常に個人的な記録まで。

近年なら<記憶>というキーワード、直近なら<食>というキーワードですね。

テーマをどこに置くのか、いかに社会にとって有用か、などによって価値づける。

混沌とふくそうする現状を、束ねて整理して、これからにつながるようにしなければ。

フォトハウス表現塾の課題はおおきいなぁ、と思うところです。

2017年9月 7日 (木)

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フォトハウス表現研究所のHP

フォトハウスの歴史をひもとけば、1984年に構想発出だから、もう33年前のことです。

翌年8月には京都で一泊二日、経費8千円でワークショップを開催しました。

静原の鈴鹿さん宅を提供してもらっての開催で、1986年まで続きます。

諸藩事情があって、開催場所を転々としながら、1988年にはミーティングルーム。

それまでに写真集等三千冊の資料を集めた中川が、自宅で開いた資料室でした。

そこでは、ワークショップを開催し、資料の閲覧ができるスペースとして機能しました。

1992年には、畑祥雄氏と共同で、大阪のマンションで写真図書館を開館させました。

その後は、フォトハウスを休眠、写真図書館の館長を5年努めます。

IMIの創立(1996年)に加わり2001年までの5年間、事務局長に就任していました。

IMI事務局長を辞職したのちには、フォトハウスを復活させます。

新しい学びのプログラムで、2005年には京都写真学校をたちあげます。

それから、いま現在、フォトハウスの名を復活させ、新しい領域を開拓していきます。

このたび9月1日、フォトハウス表現研究所を創立、フォトハウス表現塾をたちあげます。

具体的には、2017年(今年)10月21日(土)、尼崎にて最初の塾が開講します。

追って、詳しいことは、書き上げていきますが、ただいま、賛同者を募っているところです。

2017年9月 3日 (日)

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フォトハウス表現研究所のHP

いまどき運動家と称される輩は、ひねりつぶされてしまいそう、瀕死の状態だと思えます。

なのに、信念を貫いて、孤立無援、演説をする男がここにいます。

いやはや、ぼくは、その行動力に、敬服します。

労働者の救済を求めて、それは戦いであって、孤立無援だけど本物です。

ぼくにとっては、いろいろと示唆してくれる信頼できる人物の、数少ない一人です。

二人だけになると、昔のことを、語りだします、1960年代の終わりごろの出来事を。

それ以来、組合結成、炊出し続行、過激ではない穏健派です。

裁判闘争を繰り返し、労働者の救済を訴えます。

虐げられた人を救済する装置として、頑張っているんだと思えます。

2017年8月26日 (土)

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フォトハウス表現研究所のHP

フォトハウス表現研究所の枠組みで、フォトハウス表現塾を構想しています。

具体的な<場>作りを模索していて、かなり明確になってきたところです。

コアとなる場所は尼崎の「アルナイル」杉さんが使ってられるスペースです。

ここで10月21日(土)午後2時から、フォトハウス表現塾のプレ開塾です。

ただいまコアメンバーを公募しています。

京丹波町の旧質美小学校のスペースで、写真展企画などを模索しています。

<カフェ&プレス>構想をベースに、生産とつながる場とするイメージです。

京都市内のアマノコーヒーさんのテーブルで、表現塾のレクチャーをおこなう。

<マンツーマン方式>で、アートの基礎から学べるカリキュラムでレッスンします。

そのほかに、基礎講座として文学、歴史、哲学、などのレクチャーをおこなう。

<ワークショップ方式>で、知識の体系基礎を身につける場です。

コアメンバーによる塾の基本設計を行いながら、学習現場を創っていく。

有機的につながっていけたらいいなぁ、と思うところです。

掲載の写真は奈良の春日大社、メンバーでもある文字さんと行きました。

2017年8月20日 (日)

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フォトハウス表現研究所のHP

まだまだ残暑厳しいですね、街の中は暑かったです。

でも、もう、秋の兆しが感じられるようになってきています。

ここのブログ名も「フォトハウス表現塾」に変えようかと思ったところです。

でも、あんまり限定するのもなにかと思って、このままでいきます。

2002年の記述だから、もう15年も前になってしまったけれど「カフェ&プレス

カフェ&プレス の企画のなかの学校は、結局は京都写真学校の成熟でした。

いま、あらためて、写真だけではない、文学だけではない、そういう塾を。

そのころはフリースクールという概念も考えられていました。

地域通貨なんて、いまはもっと複雑になっているんですよね。

そんな、いまに繋がる企画が、当時、考えられていました。

手前味噌、自画自賛、そんな感じもしていますが、あらためて問います。

そういう世の中を変えるような内容の企画案を、作りたいですね。

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